所属タレント

narcis山本

プロフィール

本名 山本昌弘
出身地 東京都品川区
生年月日 1968年7月13日
血液型 A型
サイズ 身長169㎝、体重70㎏
肩書 ゴールドGym公認パーソナルトレーナー&スタジオインストラクター
NSPA-CPTパーソナルトレーナー
スロートレーニング公認インストラクター
ボディビル戦績 1997年 日本クラス別75㎏級優勝、アジア大会(韓国ソウル開催)準優勝
2002年 東日本オープン75㎏級優勝
2003年 日本クラス別ボディビル選手権3位、ジャパンオープン優勝
2003~2005年 日本ファイナリスト


俳優業

18歳からフィットネス業界に携わり、各業界関係者とのコミュニティから20歳代に着物大和のCM、劇団ラブなどで出演経験を重ね、30歳代ではスーパーカップ豚キムチラーメンCM、深夜番組ワンダフル生出演、魔裟斗入場テーマ曲「シルバーウルフ」プロモーションに魔裟斗の敵役にて出演、深夜アニメの主題歌を歌う。

ペンパルズプロモーションにメイン出演と肉体パフォーマンスで出演。2016年には角田信朗冠番組「角田信朗おっさんぽ」にて、同氏トレーナーでありボディビルをよく知る立場から同氏のボディビル密着の回にゲストコメンテーターとして出演。NHK「精霊の守り人」エキストラ出演、日本文芸社出版「角田信朗氏トレーニング本」監修など活躍の場を広げている。

都内スポーツインストラクター養成専門学校へ通いながらトレーナーとして18歳から都内スポーツクラブで活動し始め、同時にトレーニングをスタート。20歳ごろからボディビル大会へ挑戦し、5年目から東京で人気を誇るボディビル大会(1992年東京クラス別大会70㎏級、1993年関東大会)で優勝を飾ると一躍脚光を浴び始め、1997年東京クラス別75㎏級、日本クラス別75㎏級で優勝し階級日本一になる。同年韓国ソウルで開催されたアジア大会70㎏級で準優勝、日本ボディビル界のホープとして認められてきた。

しかし1999年、愛車ハーレーダビットソン運転中不慮の事故により左足首下から粉砕骨折。医師からも事故の障害による歩行困難とされ、周囲もボディビルの復活を絶望視する中、リハビリに耐え2002年不死鳥のごとくカムバックを果たす。

2002年東日本大会優勝、2003年ジャパンオープン大会優勝、同年ボディビル日本最高峰の大会とされる日本大会で見事7位という成績を残し、2004年各地方都道府県ボディビル連盟からの依頼によるゲストパフォーマンスに尽力する。

このころ、学生時代体操跳馬練習中に頭からの落下により損傷した脊髄がハードトレーニングによる影響から悪化、右上半身部分麻痺に陥る。この影響で2004年日本大会8位、2005年日本大会9位と成績振るわず後退。2度目の麻痺にも陥り長いリハビリ生活を強いられる。

このリハビリ生活の中、長きにわたり携わってきたトレーニングの真髄を掴み、脊髄や関節に対し負担軽減させながらも効果ある“関節に優しく筋肉に確実なる効果を出す”トレーニング法を編み出すことに成功する。この結果、名だたるスポーツ選手や著名人をクライアントに持ち(角田信朗氏もその一人)、自ら実践するトレーニング方法・通称BHT法(ボディビルディング ハイブリッド ハイインテシティ トレーニング法の略)の効果を示すべく大会へのカムバックを果たす。

2016年東京ナンバー1を決めるボディビル大会・東京大会に久しぶりの出場を果たし、現役トップ選手と接戦の末敗れるものの見事準優勝。ボディビル界にナルシスの存在を示し、ナルシスの名に相応しい日本一といわれるステージパフォーマンスでベストアーティスティック賞を受賞する。

ボディビル界に新たな旋風を巻き起こす風雲児。ボディビル老舗雑誌・ボディビルビルディング編集長に付けられたニックネームは、今やボディビル界で代表的な名前として知られる。その月刊ボディビルディングにて10年以上連載コーナーを持ちトレーニング業界では広く知られる。